たった一人で作り続けた「梅ジャム」

2018年 02月13日

あの懐かしの「元祖梅ジャム」が生産終了していた−−−−
そんなニュースが先月話題になりました。

昭和生まれの人なら誰もが駄菓子屋で目にしたことのある、
甘酸っぱい味と、真っ赤な色が印象的な梅ジャム。
約70年の歴史に幕を閉じるとあって、SNSなどには生産終了を惜しむ声が溢れました。

今回の生産終了のニュースで何よりも世間を驚かせたのが、
今までたった一人で生産を続けていたということ!
生産を行っていた高林博文さんは、
戦後すぐの1947年に16歳で梅ジャムの製造・販売を始め、
その後70年間ずっと一人で生産を行っていたというのです。
あんなにみんなが目にしていたものが、
たった一人の人間が作っていたというのには本当に驚きですよね。
こちらのページでは、高林さんの製造の様子が詳しくレポートされていますので、
その生産の様子を是非ご覧になってみてください

この度長年の力仕事からくる体調不良などがきっかけとなり廃業を決めたそうですが、
ベビーブームが追い風になり、1970年からしばらくの間は1日1万5000個を製造、
ピーク時には3千万円もの売り上げがあったのだとか。

高林さんには息子さんが2人いらっしゃるそうですが
「梅ジャムでは稼げない」と跡を継がせなかったそう。
また、何人もの投資家から譲渡の申し出があったそうですが、
私と同じ味を出すのは不可能、と断ったそうです。

たった一人で始めて、たった一人で終わらせる。
技術を他人に譲渡することなく、自分のものだけにする。
周りから見ると寂しさを覚えてしまいますが、
そこには職人さんとしてのロマンも垣間見えるような気がしました。

因みに生産終了のニュースが流れたあと、元祖梅ジャムは全国のスーパーや
数少なくなった駄菓子屋からあっという間に姿を消し、
いまではオークションサイトで驚くほどの高値で取引されているようです。
もしも見かけた際は、きっとそれが最後の在庫。
買ってみて最後の味を味わってみるといいかもしれません。

(via 朝日新聞

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