過労死などの問題がクローズアップされるようになったここ数年。
働き方に関して、まだまだ途上国にあると言える日本ですが、
その働き方を考える際に不可欠である、労働時間や休憩時間などのデータ。
このデータは一体どのようにとっているのかというと、
現在はタイムカードやPCなどを使用していますよね。
では、タイムカードやPCがなかった時代には、
雇用主はどのように労働者の勤怠を管理していたのかご存知でしょうか。
そもそも、今では当たり前となっている「勤怠管理」という概念ですが、
一体いつから存在していたものなのでしょうか。

日本における勤怠管理についての記録は、今から遡ること300年ほど前、 江戸時代から存在していたと言われています。
一番古く記録が残っているのは、三井財閥の前身となった呉服店「三井越後屋」の
奉公人に関しての勤怠管理の史料が残されています。
当時、三井越後屋では多い場合は、数百人にも昇る男子奉公人が働いていました。
既に「昇進」制度が存在していたため、勤怠管理をすることによって、
勤務態度を知ることができたため、勤怠管理が必須となっていったようです。

誰が、いつ、どれくらい働いているのかを可視化するため、
「改勤帳」という勤怠管理を行うための帳簿があり、
その記録をもとに褒賞についても決定が行われていたのだそうです。

話を世界に向けてみると、以前こちらのブログでもご紹介した、
エジプトのピラミッド建設現場においても、勤怠管理という概念は存在したようです。
こちらは江戸時代よりもっともっと古く、紀元前のお話ですから、
人がたくさん集まり、働く現場では自然と生まれてくる概念なのかもしれません。
因みにピラミッド建設現場の勤怠管理の記録には「二日酔いにつき欠勤」なんていう
記録も残っているようです。今とあまり変わらないものですね…。

現在では当たり前となった勤怠管理という概念。
しかし、働き方も多様化し、働く場所や時間も変わってきている今、
勤怠管理についても新しい考え方が生まれてきてもいい頃なのかもしれません。
あと数年経ったら、今とはまた違った勤怠管理方法が生まれているかもしれませんね。

(via 瓦版)